写真界ニュース
デジタルフォトの急追で写真の世界は危機を迎えています。私たちも写真界の動向には神経を使わなければなりません。銀塩写真あるいはモノクロ写真に関するニュースを掲載したいと思います。
NPOザ・ダークルームが讀賣新聞で報じられた!
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齊藤久夫さんと東京綜合写真専門学校の卒業生の何人かが加わって、1990年に横浜・関内に貸暗室「ザ・ダークルーム」が設立されました。地域の写真愛好者を集め地道な活動が評価され、2004年にNPOの法人格を得ることができました。 コダックのモノクロ印画紙からの撤退やコニカ・ミノルタの写真関係業務からの撤退など、銀塩写真とくにモノクロ写真にとっては「冬の時代」を迎えています。そんな中で貸し暗室の利用者が増加してきているとのことです。自己表現の手段としてあるいはホビーとして、手作業のモノクロ写真の魅力が再認識されてきたのではないでしょうか。喜ばしいことだと思います。 2007年5月19日付け讀賣新聞夕刊「写筍」にNPO「ザ・ダークルーム」が紹介されました。「暗室。デジタルカメラ全盛で死語化しそうな存在だが、希少性は逆に貴重。従来のカメラで撮った白黒フィルムをプリントする貸暗室が人気だ。トレーに入った現像液、フィルム現像用のリールも並ぶ。アナログ調の室内で互いの出来栄えを批評し合う。いつか、セピア色の思い出に。(横浜市で=綾)」とありました。 モノクロ写真を守るためには、やっぱり感材を使うことでしょう。まずモノクロフィルムをカメラに詰めて撮影に出かけませんか。 (2007年6月5日) |
「日光写真」を見つけた!!
上海製の二眼レフカメラ発売
ミノルタおよびコニカのユーザーの皆様へ
2006年3月末日をもって写真事業から撤退したコニカミノルタ
フォトイメージング鰍謔閨A「アフターサービス及びお問い合わせ窓口変更のお知らせ」が届きました。私の周りにも「修理はどうなるのか。」「ソニーが修理するのはデジタルカメラだけじゃないのか。」と嘆いている方が大勢いますが一安心できるようです。詳しくは、コニカミノルタ鰍フホームページをお読みください。
ソニー株式会社でのアフターサービス対象製品
コニカミノルタ、旧コニカ、旧ミノルタそれぞれのブランドのデジタル一眼レフカメラ、デジタルカメラ、フィルム一眼レフカメラ、フィルムカメラ、一眼レフ洋交換レンズ、カメラアクセサリー及び付属品、フィルムスキャナー、写真用メーター
(2006年5月2日)
富士フィルム鰍フ改名
| 富士写真フィルム株式会社は、4月27日の取締役会で会社分割により持ち株会社正を平成18年10月1日よりスタートさせることを決議し、併せて富士フィルムホールディング株式会社にすることを決定しました。詳細は富士写真フィルム株式会社のホームページをご覧ください。4月28日(金)各紙朝刊の切抜きを掲載いたします。 (2006年5月2日) |
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![]() 朝日新聞(2006年4月28日) |
![]() 日本経済新聞 |
東京新聞 |
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GEKKO印画紙、3月末で製造終了!
| 3月9日、三菱製紙株式会社は「2006年3月末日でモノクロ印画紙および処理薬品の製造終了」を発表しました。詳しくは同社の公式サイトでご確認ください。いずれにしてもモノクロ作家としては憂うる状況となっています。 モノクロ愛好者を増やしモノクロ感材の需要を増やすことが必要です。そのためには、多くの方々にモノクロ写真に接する機会を用意することが必要でしょう。このHPをご覧いただいています皆様のお力が必要です。それぞれの場でモノクロ作品を発表していただきたいと存じます。 私が属する社団法人日本写真家協会が主催する公募展「JPS展」の会員コーナーはモノクロ作品に限られています。是非ご覧ください。開催時期が迫りましたら「写真展紹介U」にてお知らせいたします。 (2006年3月16日) |
各紙!富士写真フィルム「写真事業を縮小」
| 2月1日朝刊各紙は、富士写真フィルム株の写真事業の縮小を報じています。切抜きを掲載しました。 富士写真フィルム株の公式見解を同社のニュースリリースで確認しましょう。 (2006年2月2日) |
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各紙の報道!コニカ・ミノルタ「カメラ部門、フォト部門の終了」
| 1月20日朝刊各紙は、コニカミノルタの写真部門からの撤退を報じています。切抜きを掲載いたしました。 (2006年1月21日) |
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速報!コニカ・ミノルタ「カメラ部門、フォト部門の終了」
| 1月19日午後7時のNHKニュースが「コニカミノルタがカメラ・フォト部門の事業を終了し、写真部門から撤退した。」と報じました。老舗(小西六)が、本筋の写真の歴史を閉じたのです。詳細は、潟Rニカミノルタの公式サイトで確かめてください。良質な写真展を開催してこられたコニカミノルタ・プラザはどうなるのでしょうか。心配です。 (2006年1月19日) |
2006年1月13日「ニコン銀塩写真カメラから撤退」衝撃写真界に走る!
| 少々旧聞になりましたが、1月13日朝刊各紙が伝えた「ニコンがフィルムカメラからの撤退」は我々に大きな衝撃を与えました。写真の仲間が集ると「銀塩はどうなるんだ。」とこの話題に集中しています。詳細は潟jコンの公式サイトにアクセスしてください。 各紙記事を下記に引用しましたので読み比べてください。記事の中には少々問題を感じるものもありました。毎日新聞の「巻き戻せない 時代の流れ」という見出しは、「もう銀塩写真はだめだ。」というイメージを植え付けてしまたのではないでしょうか。日本経済新聞の「コンパクト型フィルムカメラ ニコンが完全撤退」という押さえた記事が目立ちます。 (2006年1月19日) |
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コニカミノルタ 写真事業、大幅縮小へ
| コニカミノルタホールディングスは、2005年11月4日主力の写真事業を大幅縮小することを発表しました。詳細は切り抜き記事(2005年11月5日付けの朝日新聞および日本経済新聞朝刊)をお読みください。 |
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コダック、モノクロ印画紙製造中止。 銀塩写真はどうなる!
6月25日(土)、「コダックが2005年中にモノクロ印画紙の製造を中止するらしい。」という話を聞きました。そこでインターネットで調べたとこと上記の記事がありました。ただしコダックの公式ホームページ(日本語版)は沈黙しています。ニュースリリースには何も書かれていません。
イルフォード(英)、アグファ(独)に続いてコダック(米)までかという思いにあります。近年国内でコダックのモノクロ印画紙は入手が難しかったしあまり使われていませんのでその意味では影響ないともいえるのですが、恐れるのは他メーカーへの波及です。
富士写真フィルム株式会社には頑張ってもらいたいと望みます。そのためには消費の拡大でしょう。皆でモノクロ愛好者の輪をひろげましょう。それは自分たちのためなのですから。

アグファ倒産。銀塩写真はどうなる!
朝日新聞5月28日夕刊によると「、5月27日ドイツの老舗フィルムメーカー・アグファ社がケルンの裁判所に倒産を申請した。」と共同通信社電を伝えています。

その後「livedoor News」は次のように伝えています。「AFX通信によると、独写真フィルムの大手アグファ・フォトが27日、破産手続きを申請した。これについてベルギーのアグファ・ゲバルトは27日、アグファ・フォトの破産申請は同社のビジネスに実質的な影響はないと述べた。
アグファ・ゲバルトは、同社の消費者向け画像部門であるアグファ・フォトを昨年11月に投資家グループに売却したが、この売却額1億1200万ユーロについては、アグファ・フォトの持ち株会社アグファ・ホールディングに対し担保付延べ払いの支払い契約形態を結んでいた。このため破産手続きを行っても、アグファ・ゲバルトの受取金は、アグファ・フォトのリース資産によって担保されているとし、同社のビジネスに実質的な影響がないとした。」(ライブドア・ニュース 山中
泉記者)
※いったい銀塩写真はどうなるのでしょうか。アグファのモノクロ感材は供給されなくなるのでしょうか。詳細が知りたいものです。ちなみにアグファのHPのプレスリリースには何も書かれていません。
(2005年5月30日)
高校生が、銀板写真と湿板写真に挑戦
2005年3月22日付け朝日新聞(茨城判)は、「県立牛久栄進高校の理科同好会の生徒が、写真発明とされている銀板写真と古典的な湿板写真に挑戦し製作に成功した。」と伝えています。指導は写真部の顧問でもある川北
弘先生。
銀板写真は、1839年フランスで写真の発明として公開されたもの。発明者のルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの名前からダゲレオ・タイプとも呼ばれています。画像形成時に水銀を使うため大変危険なものです。
湿板法は正確にはコロジオン湿板法とよばれるもので、1851年フレデリック・スコット・アーチャーによって発明されました。撮影現場でガラス板に感材を塗り,即撮影即現像というものでした。従って馬車やテントの中で作業をしなければなりませんでした。しかしこれによってクレミア戦争や南北戦争が記録され、また南北戦争後の西部開拓史も記録されています。
いずれにしても写真の専門学校レベルでは成しえないことを成功させた、高校生の皆さんに賛辞を贈りたいものです。

日本写真学園、38年の歴史を閉じました。
2005年3月31日、日本写真学園(飯田橋)が閉校しました。
同校は1967年に初代校長・平松太郎先生、相談役・木村伊兵衛先生によって創立されました。林
忠彦先生、奥平武男先生、樋口忠男先生(校長代理)、児島昭雄先生と校長職が引継ぎがれてきました。本科昼間部(2年制)本科夜間部(2年制)・研究科・営業写真技術科・短期講座からなる、技術教育にポイントを置いた写真職業教育を実施するという特色ある学校でした。
関わった学校が無くなったということは寂しい限りです。
私は1996年(平成8年)に研究科の暗室演習の講師に就任、1999年(平成11年)からは昼間部1年の暗室基礎の授業も担当しました。また学生募集停止後の2004年度は教務顧問として関わてきました。この9年間に多くの学生諸君と出会いました。3月5日(土)には最後の卒業式が行われ卒業生を送り出すことができました。感動的な時間を持てたことを感謝しています。
東京写真文化館の閉館とRooneeの開設
東京都港区(地下鉄・赤坂見附駅前)の東京写真文化館が、2004年12月26日惜しまれつつ8年間の歴史を閉じることとなりました。(1997年開館)
この間、メインギャラリーではアンセル・アダムスやエドワード・ウェストンらのオリジナル・プリントを中心に多くの名作を見せていただきました。モノクロ写真を大切にしたいと願っているものにとっては心の拠り所でした。改めて感謝申しあげます。
上階の「STAGE」では、多くの新進の写真家の皆さんの個展やグループ展が行われ、作者と鑑賞者の語らいの場でもありました。また当館主催のワークショップも多く開催され、写真愛好者や写真を表現の手段としようとする方々が多く集いました。私は3回もワークショップをさせていただきました。その折の受講生とはその後もお付き合いいただいています。
同館のキュレーラー篠原俊之さんは、東京都新宿区(地下鉄・四谷三丁目、徒歩数分)に『247Photography Roonee』を開設されます。ギャラリーやワークショップの運営と写真用品(アーカイバル)の販売が行われます。一度覗いてみてください。(業務開始は2005年2月)
評論集「写真論」の著者スーザン・ソンタグ女史逝去
示唆に富んだ評論集「写真論」の著者スーザン・ソンタグさんが、2004年12月28日朝ニューヨークで逝去されました。詳しくは、朝日新聞の切抜きを添付しておりますのでお読みください。
評論集「写真論」は写真表現をおこなうものにとって必読の書といって良いでしょう。近藤耕人氏の翻訳が、晶文社から1979年に出版されています。現在も入手可能なはずです。

ILFORD社(英国)が大変!モノクロ印画紙はどうなるか?
中外写真薬品株式会社のホームページに「ILFORD社に関するプレスリリース」(2004/9/22)が掲載されています。「イルフォードイメージングが大きな市場シェアーを保有するモノクロ写真市場の縮小は継続しています。」という一節がありました。私には、モノクロ印画紙の製造中止を意味しているように受け止められますが、いかが思われますか。英文と和訳がありますので是非お読みいただきたいと存じます。
中外写真薬品株式会社のホームページは更新が進んでいます。「過去ニュース」でお探しください。
写真感光材料工業会が「写真の定義」を作成
2004年7月13日付け「週刊カメラタイムズ」に、次のような記事がありましたので要旨をご紹介いたします。
゛写真感光材料工業会は、「インクジェットプリンター」等の広告表現の中でインクジェットプリンター等で出力したものを「写真」として説明するケースなど、写真の定義が不明瞭になったとして、次のような「写真」に関する定義(ガイドライン)を発表しました。
「日本工業規格 Z8120」による「写真とは光、放射線、粒子線などのエネルギーを用いて、感光物質上に視覚的に識別でき、かつ、ある期間持続性がある画像を形成する技術及び記録された画像」とした写真の定義を踏まえて、その典型例が従来からの感光材料を使用する写真であるとして、「写真」用語使用の可否について次のような基準を作成しました。
1、撮影の場合‥‥デジタルカメラでも「写真を撮る」は可。(理由‥光で撮影している)
2、出力の場合‥‥インクジェット方式、昇華型方式及び感熱方式で出力したものを「写真」「フォト」「写真プリント」「フォトプリント」と表現することは不適切としている。
ただし「日本工業規格 Z8120」の定義に該当しない「インクジェット写真」「IJ写真」「フォトグレート」「写真画質」「フォトライク」「写真調」といった@「写真」の前後に出力方式を付したものA「写真」との対比でグレードや調子を表現したもの---については使用可としている。゙
※至急写真感光材料工業会より、広報資料を入手しここで公開いたしたいと存じます。
※8月5日(木)半蔵門にある写真感光材料工業会に伺い専務理事さんと面談いたしました。マスコミ各社に配布した資料をいただきましたが、「週刊カメラタイムズ」の記事が全てでした。
ここでは、前ぶりの部分つまりプリンターメーカーの広告表現に対する部分を省略いたしました。
アンリ・カルティエブレッソン氏逝去。
ライカの名手として知られる写真家アンリ・カルティエ・ブレッソン氏が2004年8月3日南フランスの自宅で逝去されました。享年95歳。写真家集団のマグナム・フォトスの創立メンバー。
現在広く使われている『決定的な瞬間』という言葉の元となった写真集『決定的瞬間』は一般の方にも知られています。
